企業情報

布亀150年の歴史

置き薬の起源(1690年〜)

元禄三年(1690年)、富山藩主・前田正甫公が、江戸城内で岩城三春(今の福島県)城主・秋田河内守が腹痛を起こし苦しむのを見て、常備の「反魂丹」を飲ませたところ、たちまち痛みが治まりました。これを目の当たりにした諸国の藩主たちは、その効き目に驚き、ぜひ自分たちの国でも売り広めてほしいと願いでました。そこで正甫公は、領地から出て全国どこででも商売ができる「他領商売勝手」を発布。これが「置き薬」(配置薬)の始まりとされています。

写真上:土蔵(薬の原料になる生薬などを保管していた蔵)
写真下:柳行李(富山の薬売りは、この柳行李に大量の薬を詰め、背負って行商に出かけていました。)

布亀の創業(1876年〜)

布亀は明治9年(1876年)に「布目六神堂」を創業。
初代布目亀次郎が「富山の薬売り」として、富山県富山市四方で富山を拠点とし、関西・新潟方面に行商をはじめました。

写真:売薬預かり袋・預け箱
以前は得意先に薬を配置するときに袋が主流でした。袋は風通しの良い場所の柱などに吊り下げておきました。箱は商店など薬の消費が多い得意先におかれており、その後次第に箱が主流になっていきました。

国民の健康を支えた置き薬(〜1990年代)

日本に近代的な病院が本格的に普及したのは、第二次世界大戦後の1950~1960年にかけてです。また、薬局が普及し始めたのは1970年後半から1990年代にかけてです。病院や薬局が何もなかった時代に、全国津々浦々国民の健康を支えたのは置き薬でした。

布亀株式会社の設立(1960年〜)

時代は移り変わり、昭和35年、布目六神堂を改め、「布亀株式会社」を神戸市に設立。
社名は初代の布目亀次郎から1字ずつとり、「布亀」と名付けられました。

かつては薬の詰まった柳行李を背負い、どんな山奥にも歩いて行きましたが、布亀では昭和35年頃から自動車を導入し、近代的な富山の薬売りビジネスが急速に拡大しました。柳行李はアタッシュケースに、「懸場帳(かけばちょう)」というどんな薬がどのぐらい使われたかを記録していた帳簿は現在では端末機に。また、救急箱も機能的なプラケースや地球のエコを考えたダンボール製救急箱にと、時代に合わせ、置き薬のスタイルも変わってきました。

今では、お客様の健康をサポートするには、お薬だけでなく、こだわりの厳選食材や、サプリメントなどお客様のニーズを考えた商品を提供しています。
布亀は常に新しい取組みを行いつつも、創業から150年、「先用後利」の精神を貫き、お客様に対しては、
一、「健康」をお届けします
一、「笑顔」をお届けします
一、「お母様の愛情」をお届けします

の企業理念を旨に日々弛まぬ努力を続けています。

会社沿革

1876(明治 9)年 初代布目亀次郎が富山県婦負郡四方町(現富山市四方)で売薬業「布目六神堂」を創業
1935(昭和 10)年 西宮市に布目六神堂の営業所を開設
1960(昭和 35)年 資本金400万円をもって組織を改め布亀株式会社を設立。本社を神戸市生田区中山手通に置く
1968(昭和 43)年 西宮市今津二葉町に本社新築移転
1970(昭和 45)年 大阪市西区に布亀ビル完成
1977(昭和 52)年 大阪市東区に布亀マンション、布亀深江橋ビル完成
1986(昭和 61)年 CMソング「ヒヨコのヒヨコッコ」発表
1989(平成 元)年 CI導入。新マーク、ロゴタイプ制定)(株)エイチビー他関連4社設立
1992(平成 4)年 布亀ドラッグストア&ギャラリー開設(ノボテル甲子園)
1993(平成 5)年 布亀漢方薬局開設、漢方薬事業部発足
1995(平成 7)年 マザーケア事業部発足
1997(平成 9)年 布亀本社第2ビル完成、健康宅配事業部発足、九州地方に営業所展開
1999(平成 11)年 四国地方に営業所展開
2000(平成 12)年 マザーケア事業部改め、布亀マザーケア株式会社設立。マザーケア在宅サービス事業部発足。マザーケア在宅サービス事業所、訪問看護ステーション、ヘルパーステーション、マザーケア学院開設。健康宅配事業部を在宅サービス事業部に統合
2002(平成 14)年 関東、東海地方に営業所展開
2004(平成 16)年 通販 事業部発足
2008(平成 20)年 布亀株式会社と布亀マザーケア株式会社を合併。布亀マザーケア株式会社改め、布亀株式会社マザーケア宅配事業部設立。
2012(平成24)年 マザーケア宅食事業部設立。
2014(平成26)年 家庭生活応援事業部設立。
2024(令和6)年 在宅介護サービス事業部を在宅介護サービス部に名称変更。家庭生活応援事業部を生活支援サービス部に名称変更。